宇宙創成〈上〉 (新潮文庫) | 宇宙創成〈下〉 (新潮文庫) |
「フェルマーの最終定理」「暗号解読」の2作品で、問題に携わる学者や技術者の人間ドラマと、問題自体の専門的内容との2つを、高度なレベルで融合させて描写する力量を実証済みの著者が、宇宙の成立ちの謎とそれに挑む科学者たちをテーマに挑んだ、すばらしいノンフィクション。
「フェルマーの最終定理」も「暗号解読」もとても楽しく読むことができたので、「宇宙創成」の文庫化も非常に楽しみにしていた(単行本は買わないことにしているので)。いざ読み始めてみると、期待以上の内容で、読み終わるのが惜しいと思うほどであった。
彼の作品が特にすばらしいと思うのは、前もってそのテーマについてある程度知識があったとしても、さらに楽しめるということである。これは彼の作品が他の啓蒙書などとは一線を画す、ワンアンドオンリーの作品であることを意味する。
例えば、普通理系の人間ならば、フェルマーの最終定理について、暗号について、または宇宙論について、何冊かの本は読んだことがあるはずである。そのような場合、さらにそれらの啓蒙書を読むとすると、そんなことはもう知ってるよ、と退屈してしまうようなことはよくある。しかしサイモン・シンの著作でそのような気分を味わうことはほとんどないといってよい。特に今回「宇宙創成」を読むに当たって、単なる偶然だが昨年末に岩波新書から出たこれもすばらしい本「宇宙論入門」(佐藤勝彦著)を読んだばかりにもかかわらず、である。
その理由の一つは、やはり科学者たちの人となりや人間ドラマについて書かれた部分であろう。豊富な取材と膨大な文献を参照した上で、取り上げたのはそのほんの一部なのだろうが、それだけに描写には高い密度のようなものが感じられる。
そしてもう一つは、理論の内容そのものについて記述した部分である。今回の「宇宙創成」では、第2章でいきなりアインシュタインの相対性理論の説明に突入する。確かに現代の宇宙論は一般相対性理論により始まったといってよく、したがってその描写をさけることはできない。ここで彼は、とても丁寧に、重要な実験事実や理論の概念を、はしょることなく説明してゆく。また第4章では、原子核物理学について、これもまた急がずに記述している。これらは、この分野に詳しくない人に理解してもらう説明の、非常に良い例であるといえる。
また、今回特に感じたのは、単なる科学者のエピソードや宇宙理論の内容を述べるだけでなく、宇宙論における時代時代の気分のようなものをしっかりと、必要とあらば繰り返してでも述べることによって、表現しているということである。現代ではビッグバン理論を疑う者はいないと思うが、それが主流になるまでは長い年月と多くの科学者・天文学者の努力を必要とした。定常宇宙論が正しいとされた長い時代に、ビッグバン理論はどう受け止められてきたか、そして、それが新しい事実の発見とともに少しずつ証拠を増やし、ついにはパラダイムシフトが起こる、その時代の流れるさまこそ、本書が描き出しているものである。
この著作の原書は2004年に出版されているが、それ以降も含めここ10年ぐらいの最新の宇宙論については述べられていない。理系の内容に耐えられるならば、上で述べた「宇宙論入門」を読むとよい。最近不勉強だった私はその本で、宇宙の年齢が137億年±2億年とわかったこと、宇宙の膨張は加速しておりアインシュタインの宇宙定数が復活しそうなこと、などを知って、驚いてしまった。さらに興味がある人は、超ひも理論へと進んでいけばよい。
ところで、先日4月23日に新たな発見が報道された。地球から129億光年のかなたに発見されたガス雲、その大きさが55000光年もあるというのだ。ビッグバンからわずか8億年後にできたそれは、(「ヒミコ」と名づけられたそうだが)同時代の他の銀河の10倍から数10倍の大きさだ。科学者たちが想像もしていなかった初期宇宙における巨大な天体の存在。宇宙の始めには小さな天体ができ、それらが集合、合体して次第に大きな天体ができた、とする現在の宇宙論で、「ヒミコ」の成り立ちは説明できるのか。科学は今も進歩しており、サイモン・シンが「宇宙創成」を書き上げたあとも、時代は流れていくのである。
フェルマーの最終定理 (新潮文庫) | 暗号解読〈上〉 (新潮文庫) | 暗号解読 下巻 (新潮文庫 シ 37-3) |
宇宙論入門―誕生から未来へ (岩波新書) | はじめての“超ひも理論”―宇宙・力・時間の謎を解く (講談社現代新書) |
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