多聞寺討伐 (扶桑社文庫) 光瀬 龍 扶桑社 2009-04-28 売り上げランキング : 77779 おすすめ平均 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
「多聞寺討伐」このタイトル名をネットで見かけた瞬間、脳の奥底に小さく折りたたまれていた記憶が、一気に意識下に広げられ展開されるのを感じた。高校の図書室でたまたま見つけてむさぼるように読み、そしてその後文庫化されたのを大学の生協で我先に買い求めた、筒井康隆編の日本SFに関するアンソロジーについての記憶である。
徳間ノベルズから出ていた6冊のアンソロジー。「60年代日本SFベスト集成」を皮切りとして71年から75年まで1年ごとの日本作家によるSF短編を集めた短編集。その各短編の出来もさることながら、筒井康隆による各短編とその作家についての解説がすばらしく、その解説のほうを何度も何度も繰り返し読んだ。この解説をきっかけに読むようになった作家も数多い。山田正紀、田中光二、荒巻義雄、堀晃、藤原道夫、そしてもちろん、小松左京、光瀬龍。
とはいうものの、私は決して光瀬龍のいい読者ではない。宇宙年代記シリーズは大好きで、文庫化されたものはほとんど読んだし、その他にも記憶にある限りでは「百億の昼と千億の夜」「たそがれに還る」「喪われた都市の記憶」「東キャナル文書」そして短編集の「消えた神の顔」など。しかし光瀬龍は宇宙年代記シリーズ以外にも多くの長短編を著している。「夕ばえ作戦」のようなジュブナイルや本書に代表される時代SFもその一部だが、そちらはほとんど読んだことがない。例外は、表題作のような、筒井アンソロジーに収録された作品たちである。
「多聞寺討伐」という短編集は1974年に早川文庫から出ているが、今回の扶桑社文庫版は、早川文庫版の5短編を全て収録し、他の短編集に収められた時代SF短編、さらには単行本初収録短編も含まれる、充実した内容だ。最近日本SFをほとんど読んでいない私だが、「多聞寺討伐」というタイトルを目にしたときのショックをきっかけとして、SF読みとしてかつてお世話になった(作品を通じてという意味で)お返しをしなければ、という思いで、購入した。
いざ、表題作から読んでみると、その内容を読んだ記憶がまったく蘇ってこないことに驚いた。もしかしたら、筒井の解説だけ読んで、本編は本当に読んでいなかったのかもしれない。そのころ、読書に関して大事な決まりを決めた。自分は、これからは、ノンフィクションと海外ハードSFしか読まない、と。子供のころから、近所の小さな子供向け図書館や小学校中学校の図書館の本をほとんど読んでしまうくらい、本はたくさん読んできた。しかし、今後エンジニアとしてやっていくなら、常に技術書などをしかも英語日本語問わず読んで勉強し続けなければならない。必然的に、娯楽としての読書の時間は減らさざるを得ない。今までのように何でも読んでいられるわけではない。とすれば、中途半端な小説などは読むに値しない。それぐらいなら、事実は小説より奇なり、という言葉のように、良質なノンフィクション、とくにニュージャーナリズムの作品か、あるいは小説の究極の姿である(と自分が考える)ハードSF、それは必然的に海外のものがほとんどになってしまうが、それらに限っていこう、そう決めたのだ。そしてこの決まりは基本的に今でも変わっていない。表題作を呼んだ記憶がまったく蘇ってこないのは、この決まりをそのころから厳密に守ったからなのだろうか。
特に最近は、本を読む早さが遅くなって、SFもほとんど読むことがない。最近の文庫本は発売後すぐに入手困難になってしまうので、めぼしいSFはなるべくすぐ購入するが、部屋に積まれることが多く、読まれることはほとんどない。本書も表題作だけ読んでみて、すぐ未読本のたなに積むつもりだった。しかし、そうはならなかった。一旦積んではみたものの、ほどなく再び取り出して、巻頭から読み出してしまった。一言で言うと、読んでいて気持ちが良かったのである。
本書は時代SF短編集であるが、まず驚くのは、時代小説としての完成度の高さである。設定としては江戸時代の長屋に住む人たちが描かれているが、その時代の市井の人たちの暮らしぶりの描写の細やかなこと。どんなものをどんな風に食べ、男はこんな言葉遣いでしゃべり、女はこんな言葉遣いでしゃべる。時代考証のしっかりしたテレビ時代劇がほとんどなくなってしまった今、本書での描写の数々は非常に新鮮だ。部分的には古文の教科書を読んでいるようで必然的に読みにくい部分が出てくるが、これはこれで楽しい。そして、今では身近ではなくなった、ある意味別世界について、頭の中でイメージを膨らませていくのが楽しいのである。もはや身近でないだけに勝手にイメージを膨らませやすいという効果もある。そうしてこうした江戸時代の町民の生活を完璧に構築した上で、作者はそこにSF的設定をヌルリと忍び込ませるのである。このときの時空がズルっとずれるような感じが第2の楽しさである。つまり、一粒で二度おいしいのである。
本書は改めて、良質な小説を読むことの楽しさを思い出させてくれた。私としては、この誘惑に負けないよう、努力するばかりである。
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