「決定力不足」でもゴールは奪える (双葉新書) 双葉社 2009-12-09 売り上げランキング : 3053 おすすめ平均 Amazonで詳しく見る by G-Tools |
「4−2−3−1」「日本サッカー偏差値52」とサッカーの戦術と日本サッカーの現状について新書で発表してきた著者が、新書3部作の掉尾を飾るべく、日本サッカーの決定力不足を解決する方法を示した本。双葉新書は双葉社から発刊された新書で、本書はその第1巻。
前著「日本サッカー偏差値52」について触れたとき、「傾向と対策」のうち「傾向」にしか触れられておらず「対策」への言及がない、と書いたのだが、本書の後半いっぱいを使って、「対策」すなわち日本代表はどのようにして点を取るべきかが具体的に書かれている。したがって私は勝手に「4−2−3−1」「日本サッカー偏差値52」そして本書を3部作だと受け取ってしまったのだが、最初からこの構成を著者が考えられていたのだとしたら、私の前回の記述については謝らなければならない。
そして私は最近知ったのだが、サッカーにおいてシステムを重視する著者の主張は、ネット上ではかなり批判の元になっているらしい。しかし、もともと日本でシステムについて議論するような素地もまた情報量も少なかったのであって、その点で著者はある一定の役割を果たしてきたと思う。また、私自身もイングランドプレミアリーグ、スペインリーガエスパニョーラ、そしてイタリアセリエA、ドイツブンデスリーガの試合のどれかを毎週テレビ観戦するようになってかなりの年月になるが、サッカーの分析に関する著者の指摘に関して、ほとんどが納得できる内容だと感じている。
一方残念なのは、これも前回書いたのだが、批判的な記述が多いことだ。それも客観的な批判と言うよりは、恨みに近い感情を文章から感じてしまうことである。その対象は、日本サッカー協会から、日本代表監督、そしてマスコミに至るまでさまざまだ。誰を批判するのも自由だが、批判する文章はもう少し冷静であってほしい。マスコミが事実と異なる内容を報道しているのならば、事実の蓄積をもとに、誤っている点を論理的に指摘すれば事足りる。サッカーのシステムを分析している部分などについては、客観的、論理的に書かれているので、なおさら残念である。
さて、この本は発売された昨年中にすぐに読んだのだが、前回紹介した「世界が指摘する岡田ジャパンの決定的戦術ミス」を読んだあと再読した。すると、「世界が指摘する岡田ジャパンの決定的戦術ミス」で非常に論理的に書かれたサッカー戦術が頭に入ったことにより、本書の内容がさらに明確に理解できた。これは新たな発見であった。その上で、先週水曜に行われた、日本対バーレーン戦をテレビ観戦したのだが、画面の見え方が今までとまったく違って見え、驚いてしまった。
今回、私の意識は、4−2−3−1システムを採った日本チームのサイドハーフのサイド攻撃のしかた、そしてダブルボランチの守備、の2つにはっきり集中していた。そして今まではピッチの全体にいる選手たちが均等にしか見えなかったのが、今回はサイドとボランチの部分がはっきりと個別に意識に入ってきた。
まず見事だったのは、左サイドハーフの松井の動きだった。サイドライン際にぴったりと張り出してポジションを取り、左サイドバックの長友、そしてFWまたはMFとのコンビネーションでサイドに基点を作りながら何回もサイドを突破していた。長友も常にトップスピードで駆け上がることがなくなり負担も減ったように見え、結果として守備も安定しているように見えた。さすがヨーロッパでこのポジションをやっているだけのことはあるプレー振りであった。この試合でマスコミは本田を多く取り上げていたが、日本がペースを握っていた最大の要因は松井だったと思う。その証拠に、右サイドハーフに入った中村俊は、1点目を取るくらいまでは何とか我慢していたものの、その後はしばしば中に入ってプレーするようになり、その分右サイドバックの内田が常に高い位置にいるようになったため、スペースができて守備が不安定になっていた。テレビ中継によれば、開始20分ごろにすでにバーレーン監督は日本の右サイドから攻めるよう指示したということである。さらに、後半に松井が選手交代で下がると、左サイドもバランスがおかしくなり、日本チームはまったくペースを掴めなくなってしまった。1トップから右サイドハーフの位置に移った岡崎は、まったく機能しなくなってしまった。国内組のみの試合では両サイドハーフに岡崎や大久保、玉田などが入っていたと思うが、いずれも4−2−3−1におけるサイドハーフのプレイではなく、常に右に左にと激しく動き回るものであり、必然的にサイド攻撃はサイドバックの駆け上がりによる単発的なものとなっていた。つまり、今日本チームにおいて4−2−3−1のサイドハーフができる人材は松井しかいないという事実がはっきりとした、と言えよう。この試合前に、右サイドハーフは本田がいいのではないか、中村俊は中に入りたがるので最初からトップ下に入ればよい、と漠然と考えていたのだが、本田がトップ下のプレーに"開眼"してしまったとあっては、右サイドハーフは全くの人材難だ。強いてあげればFC東京の石川であろうか。そもそも、Jリーグで4−2−3−1を採用しているチームはほとんどないようだ。昨日開幕したJリーグの試合をチェックしたのだが、FCバルセロナ風の4−3−3システムを採るチームは増えてきたようだが、はっきりと4−2−3−1を採用しているのは1チームぐらいしかないようである。これではサイドハーフの人材が育たないのも無理はない。
次にボランチの守備だが、こちらは相変わらずだったように思う。相手ボールに簡単につっかけるし、二人の距離が近いので一気に二人抜かれることもしばしばで、簡単にピンチを招くことが多かった。もともと遠藤も長谷部も攻撃型の選手なので、攻撃に厚みは出るが、バランスの面では本当はどちらかに稲本が入ったほうがいいのだと思う。
海外組によって特に左サイドからの攻撃が機能していただけに、守備が相変わらずであったことは、岡田ジャパンの今後にとって大きな不安材料となろう。
本書では、決定力不足でも点をとるための方策として、サイド攻撃、サイドチェンジ、そしてゴールする場面から逆算して展開を考えること、などが具体的に書かれている。ここまで具体的に書かれると、それが簡単に実行できるほどサッカーは簡単ではない、と反発する向きもあろう。しかし、現状の日本代表が、ワールドカップベスト4を目標にするにはあまりにもはっきりとした欠点をずっと改善できないまま本大会に突入しようとしていることもまた事実である。その欠点とはすなわち得点力不足であり不安定な守備であり、それはすなわち性急な突進でありポジションを軽視した攻守のプレーである。
日本対バーレーン戦が行われた当日はAマッチデイであり、世界各地で国際親善試合が行われた。そのうち、イングランド対エジプト戦をテレビ観戦することができた。現在のイングランドはワールドカップ優勝候補の一角であり、エジプトはワールドカップ出場こそ逃したが、先日のアフリカネーションズカップを制したチームである。試合が始まると、エジプトはアフリカのチームという第一印象とは異なり、3バックシステムではあるがしっかりとボールを繋いでいく落ち着いたチームで、さらに意外なことにイングランドから1点を先制した。一方のイングランドは伝統の4−4−2システムに加え、絶好調のウェインルーニーがFWをつとめるというチームである。試合は両チームががっちりと組み合う形で攻守が続き、結果としてはイングランドが3点をとって逆転勝ちした。日本代表のように常にガチャガチャとした試合とは全く異なっていた。それでも、エジプトはイングランドから1点取ることができたのである。日本チームがあのような常に動き回るサッカーをやる必要は本当にあるのだろうか? 強い相手に勝つためには、ガチャガチャと動き回らければならないのか? イングランドに対したエジプトのように、そして今回、松井が紡ぎだしたあの左サイドのようにプレイすれば、十分ではないのか? 単なるサッカーファンの悩みは深まるばかりである。
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