岡田監督にはぜひ現実的な判断に立脚した戦術の再構築をお願いしたい。現在彼が行っている、守備のセオリーを無視してボールを奪いにいき、早い攻撃で得点力を上げようという戦術は、彼の指揮した10数試合を通じてほとんど機能しておらず、したがって得点力は上がっておらず、一方オーストラリアやオランダ等の世界レベルのチームを混乱させることもできておらず、このレベルのチームに勝つことは困難である。この事実を冷静に受け止めて、ぜひ今までの自分のやり方に固執せず、個々のチームに勝つための戦術を考えてほしい。せっかくの4年に1度のお祭りの観戦で悲しい思いをするのはいやなので、このように切に願うばかりです。
結果として、私の願いは見事に通じました(?)。岡田監督はそれまでのやり方を大幅に変更、アンカーに阿部を起用する守備的なシステムの採用、1トップに本田を起用するという英断を下し、1次リーグ突破、ベスト16進出という、立派な成果を得ました。緒戦のカメルーン戦での勝利でチームは波に乗り、デンマーク戦ではこのシステムでベストといえる戦い方で完勝しました。守備的なシステムでありながら、攻撃時には中盤やサイドバックの上がりも見られ、この試合で日本代表に対する評価は一変したと思います。当事者の我々だけでなく、世界のサッカーファン、サッカージャーナリストも魅了したパフォーマンスだったと思います。
一方、PK戦で敗れたパラグアイ戦の内容については賛否両論あると思いますが、本番前の親善試合では見られなかった、局面局面でしっかり戦う、1対1で絶対負けない、という選手たちの気持ちはしっかりとプレーに現れており、それが観戦する者に伝わったからこそ、ベスト8ならなかったにもかかわらず日本中賞賛の嵐となっているのだ、ということは間違いのないところでしょう。
ここでわたしが強調したいのは、超守備的システムで戦ったにもかかわらず、4試合で4点取れたということです。そもそも岡田ジャパンは、得点力・決定力不足を補うために、なるべく相手ゴールに近い位置でチェイシングをかけ(プレッシングでないことに注意)ボールを奪い、相手の守備が整わないうちに相手ゴールを襲う。そのためにはリスクを負って、両サイドバックは常に高く位置し、マイボールから相手ボールになったときにもポジションを下げずにチェイシングしてボールを奪うトレーニングを懸命にしていたわけです。にもかかわらず得点は上がらず、逆に守備が不安定となり失点を繰り返してきました。対してワールドカップ本番では、超守備的システムを敷き、攻撃は本田、松井、大久保の3名に任せる形となりましたが、その結果としてアタッカーたち(+遠藤)の個人の技術、1対1の仕掛け、ドリブル突破、によって得点が得られたということです。これはいったい何を意味するのでしょうか?
これはつまり、日本選手の技術は、世界で通用する、ということを意味しているわけです。今まで、個人の力では世界で通用しないので、パスワークで攻撃しよう、といっていたわけですが、この前提は正しくないかもしれない、ということです。
逆の意味で、象徴的な場面がありました。パラグアイ戦での後半、岡田監督はアンカーの阿部に代えて中村憲剛を投入、攻撃的なシステムに変更し、さらにFW玉田を投入して勝負に出ます。そして、左サイドを細かいパス交換で突破し、玉田がドリブルで相手ゴール左のニアゾーンに進入。ゴールマウスへの角度は若干なかったですがシュートチャンス。しかし玉田はシュートを打たず、ゴール前の中村憲にパス、これが中村憲に合わず、チャンスを逸したのです。玉田がキーパーにおもいっきりシュートをぶつけにいくだけでも得点の可能性は大きかったと思うのですが、玉田はなぜそうしなかったのか。
超守備的システムでは、攻撃は前線の3名で行うしかありません。この3名は守備時には大きく距離が離れているので、ボールを奪って攻撃に移行する際は、3名でのパスワークによる突破などできません。まず個人個人で仕掛けてディフェンスを突破するしかありません。そのような選択肢しかない状況だったわけです。このように選択肢が絞られた状況で個人技を発揮すると、それは十分通用したというわけです。玉田の場合、選択肢はより多く存在し、結果としてパスを選択しましたが、個人で解決しようとしてもよかったわけです。これらのことを簡単な言葉で表現すると、日本選手は「やればできる」のであり、したがって「やるまえにリスクを過大に心配してあきらめるのではなく、トライすれば十分通用する」ということになります。つまり、一般に言われる「自信を持て」ということです。
海外の人たちは得てして自分に対して根拠のない自信をもっており、私も留学時に辟易した経験がありますが、一方日本人は相手に敬意を払う、リスペクトするのが一般的な考え方であり、自分に自信を持てないことが多いようです。したがって日本人選手が自信をもつには、世界の舞台で、十分できた、という経験が必要であり、それがこの南アフリカワールドカップで得られた一番の成果だといえるでしょう。日本で観戦していたJリーグの選手たちも、普段一緒に戦っている代表選手を通じてこれらの試合を経験したといえるわけで、自分たちも世界と対等に戦えるはずだということがわかったはずです。
日本チームは今回、なりふりかまわぬやり方によって、ベスト16進出という成果を得ました。これによってようやく、日本サッカーは世界でどう勝つのか、というレベルを脱し、日本サッカーとはどんなサッカーなのか、どんなスタイルがあっているのか、または目指すべきなのか、ということを議論できる資格が得られたといえるでしょう。
これからは更なる困難が待っていると考えられます。今回の守備的システムが世界で評価されたからといって、これでアジア予選を戦うわけにはいきません。アジアでは攻撃的に、世界では守備的に戦う日本サッカーの本質とは、何であるべきなのか? ここ数年、岡田ジャパンをよりよくするにはどうしたらよいか、あれこれと頭を悩ませてきた私たちサッカーファンにとっても、より難しい課題が与えられましたが、それもこれもすべて岡田ジャパンの選手たちと、監督をはじめとするスタッフの方々ががんばってくれたおかげであり、大いに感謝したいと思います。