2010年08月05日

ヒートウェイブ(Heatwave)とロッド・テンパートン(Rod Temperton)

昨年マイケル・ジャクソン(Michael Jackson)の訃報をうけて「ロックウィズユー Rock With You」という曲について書いてから、あっという間に1年以上が経過してしまった。今年の命日にはWOWOWでライブや映画「This Is It」などのマイケル特集を放送していたが、ワールドカップサッカーの地上波放送全試合ライブ視聴継続中(!)だったので、布団の上でうとうとしながら、画面は見ずにただ音を聞いているだけだった(録画はしていたが)。ソロになってからのマイケルを語る上で欠かせないのは、何と言ってもプロデューサーのクインシー・ジョーンズだが、さらに一人あげるとすると、私にとってはロッド・テンパートンである。そして、このイギリス人キーボーディストが所属したグループ:ヒートウェイブも大好きなグループの一つである。

ヒートウェイブがシーンに登場してきたときのことはよく覚えている。シングル「ブギーナイツ Boogie Nights」が1977年8月27日付の全米TOP40チャートに入ってきたときには、イギリスで結成された多国籍・人種混成バンドであることがすでにアナウンスされていた。この曲のカッコよさにすぐに気に入り、チャートを上がっていくのを毎週応援していた。毎週何曲か新たにチャートイン(これをビルボード誌ではデビューという)してくる曲のうちからお気に入りを見つけ出し、チャート上昇を応援するのも、チャートマニアの楽しみの一つである。そして何とこの曲は最高位2位を獲得する大ヒットとなった。このとき1位だったのが、10週連続No1の記録を作ったデビー・ブーン(Debby Boone)の「You Light Up My Life」だったのだから、何とも不運であった。

続くシングルは「オールウェイズアンドフォーエバー Always And Forever」。これがくせになるバラードで、このあと多くのソウル/R&Bのアーティストたちがカバーしている。この曲は1978年1月7日付で最高位18位だったが、「ブギーナイツ」と同様ダブルミリオン(200万枚以上の売り上げ)となった。さらに88年5月には「グルーブライン The Groove Line」が最高位7位まで上がりダブルミリオンを獲得。これも「ブギーナイツ」に勝るとも劣らないカッコよさが魅力だ。そしてこれらのシングルのすべてを作詞作曲しているのがロッド・テンパートンであった。
1977〜78年頃のアメリカミュージックシーンといえば、ディスコ時代の後半に当たるだろう。ディスコミュージック自体は踊れて楽しいものだが、音楽的には安直なものも多く、批判する評論家も少なからずいた。ヒートウェイブもダンス/ディスコ/R&Bのグループだと捉えられていたが、そのような批判の対象となるようなグループではなかった。楽曲のすばらしさはもちろん、編曲にはオリジナリティがあり、ちょっと一癖を感じさせ、さすがイギリス生まれのグループだな、と思わされた。そして、ファーストアルバム「To Hot To Handle」の全曲とセカンドアルバム「Central Heating」9曲中7曲を作詞作曲しているロッド・テンパートンの才能に惚れこんだのが、クインシー・ジョーンズだった。ロッド・テンパートンはクインシー・ジョーンズのラブコールに答える形でヒートウェイブを脱退、クインシーの座付き作家(?)となる。
マイケル・ジャクソンがソロになるにあたって、ミュージカル「ウィズ」出演時に音楽監督として参加し意気投合していたクインシー・ジョーンズにプロデュースを依頼。クインシーは「Off The Wall」「Thriller」をプロデュース。これらのアルバムでロッド・テンパートンは「Rock With You」「Off The Wall」そして「Thriller」をものすることになる。これらのビッグヒットはすべてロッド・テンパートンの作品なのである。

そもそもヒートウェイブというグループは、西ドイツの米軍基地で働いていたジョニーワイルダーJr(Johnnie Wilder, Jr.)とキースワイルダー(Keith Wilder)の兄弟(この二人はオハイオ州デイトン生まれの黒人アメリカ人)が基地での仕事をやめた後も西ドイツでバンド活動を行う中でロッド・テンパートンと出会い、一緒にグループを作るためイギリスに渡って結成された、ということらしい。したがって、もしヒートウェイブというグループが結成されなかったとしたら、ロッド・テンパートンという才能が世に出ることがあったのかどうなのか。
これだけでもヒートウェイブというグループがミュージックシーンに与えた影響は絶大なのだが、実はこれ以外にも面白い話がある。中途加入していたボーカルのJ.D.Nicholasだ。当時、コモドアーズ(The Commodores)はデビュー当時のファンク路線からバラード路線に転換してビッグヒットを連発、その立役者だったボーカルのライオネルリッチー(Lionel Richie)は1982年グループを脱退してソロに転向、コモドアーズ本体は開店休業状態となってしまった。ここでJ.D.Nicholasはヒートウェイブを離れ、コモドアーズのボーカリストに迎えられる。そして1985年、コモドアーズは前年に亡くなったマーヴィン・ゲイ(Marvin Gaye)とジャッキー・ウィルソン(Jackie Wilson)のことを歌った「ナイトシフト Nightshift」をリリース。これが起死回生のヒットとなり、コモドアーズはこの曲でグラミー賞を受賞するのである。ここでも、ヒートウェイブというグループが生み出した才能が外に飛び出し、ミュージックシーンにおける更なる輝きを生み出したといえよう。

実はヒートウェイブのアメリカでのシングルヒット(TOP100チャートインシングル)は上記「Boogie Nights」「Always And Forever」「The Groove Line」の3曲のみであり、このグループを語るときには上に書いたような逸話で語られることが非常に多い。しかし、この3曲こそがヒートウェイブというグループの魅力そのものであることもまた事実である。「Boogie Nights」と「The Groove Line」のダンスナンバー2曲は、これこそがヒートウェイブのサウンドであるという唯一無二の意匠を持ち、魅力的である。一方、バラードの「Always And Forever」は伝統的なソウルマナーで最後まで歌い上げられているが、その曲自体が持つ魅力が多くのミュージシャンから好まれ、数々のフォロワーを生んでいる。
「Always And Forever」は私の鼻歌リストの中でも常に上位にランキングしているのだが、この曲をCDとして所有していないのが前から気になっていた。ヒートウェイブのCDはベスト盤が何種類か入手可能な時期が続いていたが、何とはなしに手が出ないまま時が過ぎていた。が、ふと調べてみると、1stと2ndアルバムが輸入盤で安価に入手可能であることがわかり、早速購入したのが今年の6月ごろ。そして入手した数日後に、何と1stから5thまでの5枚のアルバムが、最新リマスター、ボーナストラック付、紙ジャケットで国内発売されることを知り、大ショック。まあしかし、これを機にヒートウェイブというグループが少しでも知られることになれば、これに勝ることはない。
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posted by beverlyglen2190 at 18:11 | Comment(0) | ミュージック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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